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札幌地方裁判所 昭和47年(わ)630号 判決

主文

被告人を罰金三万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、石間春夫と共謀のうえ、法定の除外事由がないのに、昭和四七年五月一三日午前零時ころから同月一四日午後四時ころまでの間、札幌市中央区南六条西一二丁目六条マンション柿崎富子方居宅および同区南六条西一一丁目共済ハウス六〇七号室の被告人方自宅において、鉄砲であるけん銃一丁(昭和四七年押第一六四号の一)ならびに火薬類であるその実包一一発(同押号の二)を所持したものである。

(証拠の標目)〈略〉

(訴訟関係人の主張に対する判断)

一、弁護人および被告人は、被告人は警察の要請により、将来発生する可能性のある本件けん銃による殺傷事件を未然に防止するため、石間春夫を説得して、その所持する本件けん銃等を警察に提出するために、すなわちその危険性を排除するためにこれらを預り所持したものであつて、ただ、石間を説得した際、勾留中であつた同人が本件けん銃等の提出に同人の保釈釈放を条件づけたため、直ちに警察へ提出できなかつたにすぎず、石間の弁護人であつた被告人の右行為は弁護権の行使の範囲内の行為であつて、社会共同生活の秩序を守るための社会的に正当な行為であるから、違法性が阻却される旨主張するので、この点についての当裁判所の判断を示す。

(一)  まず、前掲各証拠のほか当公判廷において取調べた各証拠によれば、被告人が本件けん銃およびその実包を所持し、警察官に提出するに至つた経緯は次のとおりであると認められる。

(1) 本件けん銃は、米国スミスアンドウエッスン社製の口径0.38インチ、回転弾倉式けん銃で、金属製弾丸を発射する機能を保有し、また、本件実包は右のけん銃に適合し、実包としての機能を保有するものであつて、いずれも、昭和四四年一〇月上旬ころ、在日米軍立川基地より盗み出されたものの一部であつて、数人の手を経た後、翌年一〇月ころ尾崎利春がこれを譲り受け、尾崎はこれをさらに鈴木孝雄に貸与した。同人は、元暴力団柳川組に加入していたものであるが、同組が昭和四四年に解散したあと、同組の元構成員が組織した誠友会および元同組北海道支部長であつた石間春夫が中心となつて結成した北誠会のいずれにも加入せず、昭和四五年一〇月一五日ころ、前記北誠会の配下の者から自己の事務所に殴り込みをかけられたことがあり、同人はその仕返しをすべく、同年一一月初ころ、本件けん銃に実包四発をこめて右北誠会の事務所に単身殴り込みをかけたものの、逆に取り押えられそのけん銃および実包を取り上げられてしまつた。前記北誠会会長の石間春夫は、右けん銃およびその実包四発を南谷亮を介して岩野裕応に保管させることとし、右岩野は、札幌市中央区南一一条西四丁目愛マンションE号室の自宅に隠匿していたが、昭和四六年三月ころ、石間から新たに保管を命ぜられた実包七発(これは、そのころ石間が鈴木から譲り受けたものである。)を加えて、以後本件けん銃およびその実包一一発(以下本件けん銃等という。)を隠匿するようになり同四六年八月同市豊平区平岸三条四丁目静ハウスに転居した後も引き続き同所で本件けん銃等を隠匿していたが、同四七年四月七日ころ、前記鈴木が銃砲刀剣類所持等取締法違反の容疑で逮捕されたことを知つた石間から、もつと安全な場所にしておくよう指示されて、そのころ、本件けん銃等を同市中央区南六条西一二丁目六条マンション内の自己の情婦である柿崎富子方居宅の洋服ダンスの抽出し内に入れて施錠して隠匿した。

(2) 被告人は、昭和四二年司法修習を終えて同年四月検事に任官し、札幌地方検察庁に勤務したが、昭和四五年三月に退官し、同年四月、札幌弁護士会所属の弁護士となつたものであるが、検事であつたころ、前記北誠会の構成員にかかる被疑事件を捜査処理したことから、弁護士開業後、右の構成員らの刑事々件の弁護を手がけるようになり、本件当時は多くの北誠会関係者の刑事々件を引き受けて弁護活動をするようになつていた。

被告人は、同四七年一月ころ、右石間から「ある男がけん銃をもつて、ある男のところへ殴り込みをかけて来たので、殴り込みをかけられた男が、そのけん銃をとりあげて支笏湖へ捨てたとすると、その男はけん銃不法所持でつかまるか。」というような相談を受けたことがあり、そのときは、「けん銃が発見されない限り、逮捕されることはあつても起訴されることはない。また、たとえ起訴されても証拠不十分で無罪になる。」と意見を述べたが、さらに同年三月末か四月上旬ころ、石間から「この前話したけん銃の件は、実は俺のことなんだ。」という話を聞き、石間がけん銃の事件に何らかの関係があるのではないかと考えるに至つた。

(3) 一方、北海道警察本部刑事部捜査第四課(以下道警捜査四課という。)では、鈴木孝雄がけん銃をもつて北誠会の事務所へ殴り込みをかけ、逆にけん銃を取り上げられたとの情報を察知し、内偵捜査を進めていたが、前記のとおり昭和四七年四月七日、右鈴木を銃砲刀剣類所持等取締法違反の被疑事件で逮捕して強制捜査に踏み切り、さらに四月一七日石間を五月初旬には、前記南谷、岩野をあいついで逮捕して取調べるとともに、本件けん銃等の行方を追及していたが、同人らの口は堅く、その行方は依然として判らず、発見できなかつた。

被告人は、右石間が逮捕された当初から、同人の弁護人として弁護活動をしていたが、五月二日ころ、札幌中央警察署において、石間と接見した際、同人から「けん銃を出すから、けん銃の事件で罰金五万円、覚せい剤の事件で罰金五万円で勘弁してもらうように検事に話してみてほしい。」と依頼されたので、本件けん銃等は石間の支配下にあるということを確信するに至つた。

右けん銃事件の主任検事である札幌地方検察庁検事小川良三は、石間の勾留満期日である五月八日、銃砲刀剣類所持等取締法違反については処分保留のまゝ、同人を覚さい剤取締法違反で求令状として公判請求し、同日札幌地方裁判所裁判官から勾留状が発付され、同人は引き続き札幌中央警察署に勾留された。

被告人は翌九日、札幌地方裁判所に対し、石間の保釈を請求したが、右請求は五月一二日却下された。

(4) 道警捜査四課巡査部長橋場哲郎は、五月一二日午前一〇時ころ、被告人の法律事務所を訪れ、被告人に対し、「石間が(けん銃を)持つているのは間違いないので、三年以内に必ず対立抗争事件でけん銃を使う。そこで、今のうちに出させる様に先生の方から説得してみて下さい。」と石間の説得方を依頼した。そこで、被告人は、石間を説得して、本件けん銃等を提出させようと考え、同日午後八時ころ、札幌中央警察署において石間と接見し、「どうだ、もう潮時だと思うがけん銃と弾を出す気はないか。これ以上つつ張り切れるものではないよ。四課の方からも私に石間をよく説得してくれといわれているんだ。あくまでも突つ張れば覚せい剤の方も保釈が効かないぞ。」などと、けん銃を出さなければ、保釈出所ができないことを前提として、けん銃の提出方を説得した。これに対して、石間は、本件けん銃等を提出するかわりに、保釈出所できるよう取計らつてくれるよう被告人に対して依頼し、本件けん銃等を前記柿崎富子の居宅の洋服ダンスの抽出し内に隠匿してあること、右柿崎がクラブ・ローマのホステスをしていること等を打明けた。被告人は「小川検事とよく打合せをしたうえでけん銃を出せば必ず君が保釈になるという確認をとつてから出す。」と約束した。

被告人は、同日午後一一時三〇分ころ、右柿崎富子を電話で同市中央区南五条西四丁目金本ビル四階スナック「ミスドラゴン」に呼び出し、同所で落ち合い、翌五月一三日午前零時ころ、同女とタクシーで前記六条マンションの同女の居宅に赴き、洋服ダンスの抽出しをドライバーでこじあけて、本件けん銃等が入つた紙包をとり出し、ほどなく徒歩で被告人の肩書住居地の自宅に持ち帰つた。被告人は、自宅で右けん銃およびその実包の包みの中を確認したうえ、けん銃を自宅の冷蔵庫の冷凍室の中に、実包一一発を右冷蔵庫の肉入れの中に入れて隠匿保管した。

(5) 被告人は、同日午前九時ころ、石間の取調を担当していた道警捜査四課巡査部長加藤安吉に電話で、本件けん銃等を確認して来たから石間の保釈をよろしく頼む旨伝え、さらに午前九時三〇分ころ、札幌地方検察庁に小川検事をたずね、同検事に「石間にいわれたところへ行つたら、けん銃があつたので、そこから一〇〇メートル位動かして山の中に埋めてある。今では僕しか知らないところに埋めてあるから、僕がそれを出すから、石間の保釈に同意してくれませんか。」と石間が保釈されることを条件に、本件けん銃等を提出することを明らかにした。小川検事は「上司と相談してみる。」と答えて即答を避けたが、同検察庁刑事部長の指示を仰いだうえ午前一一時ころ、再び被告人と会つた際、けん銃を出すのであれば、保釈にはあえて反対しない旨の回答をした。

被告人は同日、札幌地方裁判所に対して、再び保釈の請求をした。

(6) 翌五月一四日午前一〇時ころ、石間が本件けん銃等の所持について自供するととももに、被告人を通じて提出すると申し出たので、道警捜査四課の前記加藤安吉および警部中野清司は被告人にその旨を伝え、けん銃等の提出を促したが、被告人は、石間との間で保釈を条件に提出するとの約束をしていたので、あと二、三日持つて下さいといつて、これを拒否した。そこで中野警部が再度提出方を促したところ、被告人は同日午後三時三〇分ころ、札幌中央警察署において石間と接見して「道警では、今出してくれといつている。検事との約束では保釈許可後に出すことになつているのだが。」などといつて説得する傍ら、小川検事に電話をし、同検事から、けん銃を出して保釈不同意ということは決してないとの回答を得たので、さらにこの旨を石間に伝えて説得したところ、石間も保釈前に本件けん銃等を提出することを承知したので、被告人は同日午後四時すぎころ、被告人の自宅において、本件けん銃等を中野警部に任意提出した。

以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  ところで、被告人は、本件けん銃等を自己の支配下に移す際に、いかなる意思を有していたかについて検討するに、被告人は、前記認定の如く、道警捜査四課橋場巡査部長から、石間春夫を説得して、本件けん銃等を提出させるよう依頼されて、石間を説得したのであるが、前掲各証拠によれば、被告人は、当初は、いつまでも本件けん銃等を隠しとおせるものではないと考え、危険性の高い本件けん銃等を北誠会の支配下から離脱せしめ、これを捜査機関に提出させて、その危険性を除去しようという意思もあつて、石間を説得しようとしたことが認められる。しかしながら、被告人は前記認定の如く、石間に対して、本件けん銃等を提出しなければ、保釈出所ができないことを前提として、暗に保釈を条件として本件けん銃等を提出する様説得したこと、石間との間で、本件けん銃等は石間の保釈釈放が確認されない限り提出しないと約束したこと、石間を説得したときには、既に第一回目の保釈請求が却下されていたこと、被告人は五月一三日朝、加藤巡査部長に対して、けん銃を確認して来たから保釈をよろしくたのむと伝え、さらに小川検事に対して、石間の保釈と引きかえに本件けん銃を提出することを明らかにしていること、被告人は、警察官から本件けん銃等の提出を促されるまでは、自ら進んで提出しようとしたことはなく石間が保釈されるみとおしがついてから提出していること、そして、第一回公判調書中の被告人の供述部分により認められる次の事実、すなわち、被告人が本件けん銃等を自己の支配下においたのは、検察官に、石間がけん銃等を出すというのは本当だなという確信をもたせたうえで保釈の同意を依頼しようと考えたからであること、以上の諸点をあわせ考えると、被告人には、本件けん銃等を自己の所持に移す際、これを警察に提出してその危険性を排除しようという意思だけではなく、本件けん銃等の提出を石間の保釈に対する検察官の同意を獲得するための手段に利用しようという意思、換言すれば、少なくとも石間の保釈釈放の目途がつくまで、本件けん銃等を手元に抑留する意思もあつたと解するのが相当である。

したがつて、検察官主張のように、被告人はもつぱら石間の保釈獲得を目的として本件けん銃等を自己の支配下においたものではないが、反面、公判段階において被告人が供述するように、本件けん銃等の提出を保釈の獲得のための取引手段とする意思が全くなかつたというのも、真実に反するものといわざるを得ない。

(三)  そこで、たとい捜査機関からの協力依頼を受けて、捜査機関に提出するために本件けん銃等を自己の支配下に移したのであつても、その際、右石間の保釈に対する検察官の同意を獲得する手段としてこれを利用し、右保釈釈放の目途がつくまでこれを手元に抑留する意思で所持することが果して許される行為であるか否かであるが、およそ刑事被告人の弁護人が検察官に対し、保釈請求に対する同意を得る目的で、依頼者である被告人に罪証隠滅のおそれのないことその他保釈を妨げる事由のないことを説明し、またその立証資料を提示する等して説得を試みることは、もちろん弁護人としての正当な活動の範囲内の行為であるけれども、他方、けん銃や実包を所持することは、法定の除外事由がない限り、原則として犯罪とされる行為であるから、依頼者の保釈に対する検察官の同意を獲得する手段としてこれを利用し、右保釈釈放の目途がつくまでこれを手元に抑留する意思で、けん銃や実包を依頼者から預り所持することは、明らかに弁護人としてなし得る正当な活動の範囲を逸脱したものというべく、右のようないわば保釈獲得の手段としてけん銃や実包を手元に抑留するということ自体、その所持を正当化する何らの理由になり得ないことはもちろんであり、かえつて依頼者のけん銃等の不法所持に加担し、手元に抑留する期間だけこれを長びかせることに他ならず、弁護人としてなすべきことではないといわざるを得ない。

本件のように、たとい捜査機関からの協力依頼を受け、終局的には捜査機関に提出するために、けん銃等を所持したものであり、また結局は警察官に対し任意提出するに至つたとしても、そのゆえをもつて、前記のような抑留意思をもつてする本件所持を正当化する事情とはなし難いといわざるを得ない。

(四)  つぎに、石間の保釈釈放の目途がつくまで本件けん銃を被告人の手元に抑留するということが、依頼者たる石間との間の約束であつて、同人の弁護人である被告人としては、右の約束を守らざるを得なかつたという点があつたとしても、果して被告人が、石間と右のような約束をするほかなかつたものか否かについて検討するに、前記認定のとおり、被告人が本件けん銃等の提出について石間春夫を説得した際、同人は、けん銃等を提出するかわりに保釈出所できるように取計らつてくれるよう被告人に依頼したのに対し、被告人の方からけん銃等の提出の時期を保釈の目途がついた後にすることをもちかけたことがうかがわれるのであつて、被告人はそのようにしなければ石間がけん銃等の提出に到底同意しなかつたと主張するけれども、一方では被告人は、けん銃等を提出すれば石間が保釈になることはまずまちがいないと思つていたと述べているのであるから、そうだとすれば、石間に対してもその旨説明し、けん銃等を直ちに提出すれば、保釈出所できるよう弁護人として取計らつてやる旨説得しても、それでもなお石間が、保釈の目途がつかないうちはけん銃等を警察に渡してくれるなと言い張つたかどうか甚だ疑問であり、被告人はかなり安易に本件けん銃等の提出時期を保釈の目途がついた後にする旨、石間に約束した形跡がうかがわれるのである。それはまさに、その当時から被告人が本件けん銃等の提出を保釈獲得のための取引手段に利用しようという意思をも有していたことと符合するといわざるを得ない。もし、石間がどうしても保釈の目途がつかないうちは、本件けん銃等を警察に提出してくれるなといつて頑張るのであれば、そのような条件付の提出に被告人が加担する必要は何もなかつたのであり、それをあえてすることは、弁護権の正当な範囲を逸脱するものというほかない。

また、被告人には捜査機関からの協力要請を受け容れるべき義務は、もとよりないといわなければならない。

以上説示のとおり、被告人と石間の間でなされた本件けん銃等の前記抑留の約束が、正当なものであるとか、あるいはやむを得ないものであるとは到底いえないのであるが、右の約束をしてしまつた以上は、これを守らないことは依頼者の信頼をうら切ることとなつて弁護人である被告人としてできないことであるとしても、そのことは右のような約束をした被告人の責に帰すべきことがらであつて、右約束を守るゆえをもつて、本件所持を正当化できないことはもとよりいうまでもないところである。

(五)  さらに、前掲各証拠によれば、前記岩野が石間春夫の命を受けて岩野の情婦である柿崎富子の居宅に本件けん銃等を隠匿していることを知つていたのは右石間および岩野だけであつたこと、当の柿崎自身も岩野から預つた物がけん銃等であることを知らなかつたこと、当時石間および岩野は勾留中であり、なお、石間は接見禁止中であつたことの各事実が認められるのであつて、これらの事実によれば、被告人が本件けん銃等を自己の支配上に移した当時、北誠会の構成員やその他の者がこれを持ち出して使用したり、あるいは他の場所に移転して隠匿したりするというようなさしせまつた危険はなかつたと解するのが相当である。したがつて、被告人が当時本件けん銃等を自らの支配下に移すほかなかつたというような緊急性や特段のやむを得ない事情も認められない。

(六)  さらに弁護人は、本件けん銃等の提出に保釈が認められるという条件がついていたとしても、小川検事は被告人の申入れに対し、上司と相談したうえでこの条件を呑んだのであるから、検察庁もこの程度の条件は不当でないと判断したものと考えられると主張する。なるほど、五月一三日石間の保釈同意を条件に本件けん銃等を提出する旨の被告人の申入れに対し、検察官がその条件付けを拒否するどころか、けん銃等を提出すれば保釈にあえて反対しないとの回答をしたことは前記認定のとおりであるが、前記認定したところからすると、本件けん銃等が発見されないことから、石間らの銃砲刀剣類所持等取締法違反の容疑について捜査が難航し、起訴できない状態にあつたので、検察官としては、その捜査の必要上どうしてもそのけん銃等を得たいがために、被告人の申入れに対しやむなく保釈請求にあえて反対しないとの回答をしたものと認められ、検察庁において右の程度の条件は不当でないと判断したためでないことは明らかであるから、右主張は採用し難い。なお、その際被告人は本件けん銃等が自己の支配下にあるかのようなことを告げたにもかゝわらず、検察官は直ちにそのけん銃等を提出するよう要求しなかつたのであるが、被告人はその際検察官に対し本件けん銃等を自己の居宅で所持していることを秘し、山中に埋めてあるなどと虚偽の事実を告げているのであるから、検察官が被告人が本件けん銃等を所持している事実を正確に認識したうえでそれを容認したとは到底いえず、右のような事情から被告人の本件けん銃等の所持が社会的に許容されるものとならないことはいうまでもないところである。

(七)  およそ弁護人は、刑事被告人の正当な利益を擁護することによつて、刑事司法に協力するという任務を負うものであつて、この意味において公的な地位を有するものといわなければならず、単なる刑事被告人の代理人ではないのであるから、その弁護権にはおのずから限界が存し、依頼者の利益のみにとらわれて、その弁護活動の枠を逸脱してはならないのである。

そして、前記認定の如く、その危険性が高いが故に、それだけ搜査機関が必死に行方を追及している本件けん銃等を、保釈の取引手段として利用する意図をも有しながら、それらを自己の所持に移すという行為は、いかなる意味においても、依頼者の正当な利益を擁護するための行為と評価することはできず、社会的にも許容される正当な行為であるとは到底いえない。

二、なお、被告人は、警察の依頼により、石間春夫を説得して、本件けん銃等を警察に提出するために所持したものであるから、本件所持が違法であるとは全く考えなかつたと述べ、弁護人は、被告人には本件所持についての違法性の認識もその可能性もなく、また本件所持を正当なものと信じ、信じるについて相当な理由があるから、被告人には故意がなく責任が阻却されると主張するので判断するに、違法性の認識ないしその可能性は故意の要件ではないと解するのが相当であるのみならず、被告人は法令および法律事務に精通した資格のある弁護士であつて、なお、検察官の経験もあるのであるから、法律により厳格に所持が制限されている本件けん銃等を前記認定のような抑留意思をもつて預り所持する際、違法性の認識の可能性がなかつたとか、右のような所持が正当であると信じるについて相当な理由があつたと認めるべき特段の事由を見出すことはできない。

よつて、被告人および弁護人の前記主張はいずれも採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為中、けん銃を所持した点は刑法六〇条、銃砲刀剣類所持等取締法三条一項、三一条の二第一号に、その実包を所持した点は刑法六〇条、火薬類取締法二一条、五九条二号にそれぞれ該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条により重い銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪の刑で処断することとし、所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内で後記の事情を考慮して、被告人を罰金三万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して、これを全部被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

被告人の判示各所為は、法令および法律事務に精通している資格のある弁護士が軽卒にも正当な弁護権の範囲を逸脱し、法律により厳格に所持が制限されているけん銃およびその実包を正当な事由なく所持したものであつて、既に説示したように、その所為は違法といわざるを得ず、その社会的責任は決して軽いものではない。しかしながら、被告人は、当初検察官に依頼されて石間春夫を説得したものであつて、本件けん銃等の危険性を排除しようという意思もあつたと認められること、所持した時間も比較的短時間であること、そして結局、本件けん銃等を警察官に任意提出していることなど被告人に有利な諸事情をもあわせ考慮したうえ主文の刑を量定した。

よつて主文のとおり判決する。

(内匠和彦 清田賢 渡邊等)

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